KGIを複数設定するのは間違いか?事業を多角的に成長させる目標 設定の技術
「売上も伸ばしたい、でも利益率も改善したい」「新規顧客も欲しいけど、大切なリピーターも育てたい」。事業を成長させようとすればするほど、追いかけたい目標は一つでは収まらなくなりますよね。しかし、それらの目標をただ並べた結果、チームの向かう先が曖昧になり、「結局、今月は何を最優先すればいいんだ?」と現場が混乱してしまう…。こうした悩みを、私はこれまで数えきれないほど耳にしてきました。
こんにちは。株式会社サードパーティートラストでアナリストを務めております。ウェブ解析の世界に身を置いて20年、ECサイトから大手メディアまで、様々な事業の「数字の裏側」にある物語を読み解き、ビジネス改善のお手伝いをしてきました。
この記事では、単なる用語解説に留まらず、複数の目標、すなわち「KGIの複数設定」という複雑な課題に、どう向き合い、事業成長の羅針盤として機能させるか、その具体的な技術と哲学をお伝えします。読み終える頃には、あなたの会社が目指すべき「目標の地図」を描くための、確かなヒントを手にしているはずです。
そもそもKGI・KPIとは? なぜ「地図」が必要なのか
本題に入る前に、少しだけ言葉の整理をさせてください。KGI(Key Goal Indicator)とKPI(Key Performance Indicator)、どちらも耳に馴染みのある言葉かと思います。
これを登山に例えるなら、KGIは「最終的に到達したい山頂」です。「年間売上10億円達成」や「顧客満足度80%以上」といった、ビジネスの最終ゴールそのものを指します。

そしてKPIは、その山頂へ至るまでの「チェックポイント」と言えるでしょう。「Webサイトへのアクセス数」や「資料請求数」「リピート購入率」など、山頂(KGI)に正しく向かっているかを確認するための、具体的な中間指標です。
なぜ、この二つの指標が不可欠なのでしょうか。それは、KPIというチェックポイントがない登山が、極めて危険なものになるからです。かつて私が担当したあるクライアントでは、「セッション数(訪問者数)」というKPIだけを必死に追いかけた結果、サイトは確かに賑わいましたが、肝心の売上は一向に伸びませんでした。データを深く掘り下げてみると、訪れていたのは商品を買う気のないユーザーばかり。これは、山頂(売上)ではなく、麓の賑わいだけを見て安心してしまう、典型的な遭難パターンでした。
KPIはあくまでKGIを達成するための手段です。しかし、この関係性を理解していてもなお、「複数のKGI」をどう扱うかという、さらに大きな壁が立ちはだかるのです。
なぜ今、「KGIの複数設定」が求められるのか?
「目標は一つに絞るべきだ」という考え方もあります。しかし、現代のビジネス環境は、一本道をひたすら進むような単純な登山とは様相が異なります。
例えば、「売上高」という一つのKGIだけを追い求めたとしましょう。短期的な売上のために強引なセールスを繰り返せば、ブランドイメージは傷つき、顧客満足度は低下します。結果として、長期的な成長を支えるはずだったリピーターを失い、事業はじりじりと衰退していくかもしれません。

これは、攻撃力だけを鍛えて、防御力や持久力を疎かにしたチームが、長期戦で勝てないのと同じです。現代のビジネスでは、「売上」という攻撃力だけでなく、「利益率」や「顧客満足度」といった防御力、そして「ブランド価値」という持久力も同時に高めていく必要があります。だからこそ、多角的な視点を持つための「KGIの複数設定」が不可欠になるのです。
目指すべきは、単一の山頂ではありません。複数の頂が連なる美しい山脈を、バランス良く踏破していくこと。それこそが、持続可能な事業成長の姿だと、私たちは考えています。
KGIを複数設定するための、実践的4ステップ
ステップ1:ビジネスの「理想の姿」を言語化する
まずはPCを閉じて、真っ白な紙を用意してください。そして、「3年後、自分たちのビジネスがどうなっていたら最高か?」を自由に書き出してみましょう。「業界で最も信頼されるブランドになる」「社員が誇りを持って働ける会社になる」といった、定性的な言葉で構いません。ここが全ての出発点です。
ステップ2:理想の姿を「成功要因(KSF)」に分解する
次に、その理想の姿を実現するためには「何が鍵となるか?」を考えます。これがKSF(Key Success Factor)です。例えば、「業界で最も信頼される」ためには、「圧倒的な製品品質」「手厚い顧客サポート」「高いリピート率」などが成功の鍵になるかもしれません。

ステップ3:各KSFを測定可能な「KGI」に落とし込む
ここで初めて、具体的な数字の目標、つまりKGIを設定します。「圧倒的な製品品質」なら「製品の初期不良率0.1%以下」、「手厚い顧客サポート」なら「NPS(顧客推奨度)50ポイント以上」、「高いリピート率」なら「年間リピート率40%」といった具合です。これで、追いかけるべき複数の山頂が見えてきました。
ステップ4:KGI間の「関係性」を調整する
最後のこのステップが最も重要です。設定した複数のKGIが、互いに足を引っ張り合わないかを確認します。過去に私が経験した失敗例ですが、ある企業で「新規顧客獲得数」と「LTV(顧客生涯価値)向上」という2つのKGIを立てました。しかし、新規獲得のために過度な初回割引キャンペーンを打った結果、既存顧客の不満を招き、LTVが低下するという本末転倒な事態に陥りました。
複数の目標は、時に利益が相反します。だからこそ、目標同士が喧嘩しないよう、優先順位をつけたり、バランスを調整したりする「交通整理」が不可欠なのです。
【実践例】ECサイトの売上向上におけるKGI・KPIツリー
もう少し具体的に、ECサイトの例で考えてみましょう。最終的なビジネス目標が「事業利益の最大化」だとします。この大きな目標 達成するために、私たちは複数のKGIを設定します。
例えば、大きなKGIとして「売上高の向上」と「利益率の改善」を置きます。この2つは、まさに車の両輪です。

そして、それぞれのKGIを達成するためのKPIを、ツリーのようにぶら下げていきます。
- KGI 1:売上高(前年比120%)
- KPI 1-1:新規顧客の獲得数
- KPI 1-2:既存顧客のリピート率
- KPI 1-3:平均顧客単価(AOV)
- KGI 2:利益率(5%向上)
- KPI 2-1:広告費用 対効果(ROAS)
- KPI 2-2:原価率の低減
- KPI 2-3:物流コストの削減
このように構造化することで、「広告費をかけて新規顧客を増やす(KPI 1-1を追う)施策は、ROAS(KPI 2-1)を悪化させる可能性がある」といった、指標間のトレードオフが可視化されます。この全体像をチームで共有することで、目先の数字に一喜一憂せず、バランスの取れた意思決定が可能になるのです。
KGI・KPI 設定で陥りがちな「3つの罠」と、その回避策
素晴らしい地図(KGI・KPIツリー)を描けても、実際の航海では思わぬ罠が待ち受けています。20年の経験で見てきた、特に陥りやすい3つの罠と、その回避策をお伝えします。
罠1:「完璧な指標」を追い求めてしまう
「このKPIは、本当に事業の本質を表しているのか…?」そう考え始めると、議論ばかりで一歩も前に進めなくなります。指標はあくまで仮説です。100点満点の指標を探すより、60点で良いのでまず設定し、走りながら改善していく方が、よほど早くゴールに近づけます。
罠2:「現場に伝わらない」指標を設定してしまう
かつて私は、非常に高度で画期的な分析手法を導入したものの、現場の担当者がその価値を理解できず、全く活用されなかった苦い経験があります。指標も同じです。経営陣だけが理解できる複雑なものではなく、誰もが見て、理解でき、自分の仕事との繋がりを実感できるシンプルな指標こそが、チームを動かします。「この数字が上がれば、お客様が喜んでいる証拠だ」と、誰もが直感的に分かることが大切です。

罠3:データが溜まるのを「待てない」
新しい施策を始めた時、すぐに結果を求めたくなる気持ちは痛いほど分かります。しかし、データが不十分な段階での判断は、ほぼ間違いなく誤った結論を導きます。データアナリストは、時にクライアントの期待や社内のプレッシャーからデータを守る「最後の砦」でなければなりません。不確かなデータで語るくらいなら、沈黙を選ぶ。正しい判断のためには「待つ勇気」が不可欠です。
明日からできる、最初の一歩
ここまで、KGIの複数設定という大きなテーマについてお話ししてきました。情報量が多く、少し圧倒されてしまったかもしれません。しかし、心配はいりません。最初の一歩は、とてもシンプルです。
ぜひ、あなたのチームが今、追いかけている数字(目標やKPI)を一つ、紙に書き出してみてください。
そして、自分に、あるいはチームに、こう問いかけてみてください。
「この数字を追いかけることは、最終的に、私たちのビジネスのどの山頂に繋がっているんだろう?」

この問いこそが、あなたのビジネスを、データに基づいて正しく成長させるための、全ての始まりです。もし、その問いの答えがすぐに見つからなかったり、チームで共有するのが難しいと感じたりしたならば、それは目標の地図を見直す絶好の機会です。
私たちサードパーティートラストは、創業以来15年間、「データは、人の内心が可視化されたものである」という信条のもと、多くの企業の「目標の地図」作りをお手伝いしてきました。もし壁にぶつかった時は、ぜひお気軽にご相談ください。あなたの会社の航海図を、一緒に描ける日を楽しみにしております。