顧客分析フレームワークの本質とは?データに人の心を読み、ビジネスを動かす思考法
こんにちは。株式会社サードパーティートラストでアナリストを務めております。かれこれ20年、ECサイトからBtoB、メディアまで、様々な業界のWebサイトが抱える課題とデータを通して向き合ってきました。
もしかしたら、あなたも今、こんな壁にぶつかっているのではないでしょうか。「Google Analyticsのデータは毎日見ている。レポートも作っている。でも、そこから『次の一手』がどうしても見えてこない」「施策を打っても、なぜうまくいったのか、なぜ失敗したのかが曖昧で、再現性がない」…。手元にたくさんのデータという武器があるはずなのに、どう使えばいいか分からず、もどかしい思いをされているかもしれません。
その気持ち、痛いほどよく分かります。実はその悩み、多くの真面目なマーケティング担当者や経営者の方が共通して抱えるものなのです。そして、その突破口となるのが、今回お話しする「顧客分析フレームワーク」という考え方です。この記事では、単なるツールの紹介ではなく、データから顧客の心を読み解き、あなたのビジネスを確かな成長軌道に乗せるための「思考のコンパス」について、私の経験を交えながらお話ししていきます。
そもそも、なぜ今「顧客分析フレームワーク」が必要なのか?
「顧客分析フレームワーク」と聞くと、RFM分析やCPM分析といった専門用語が思い浮かび、少し身構えてしまうかもしれません。しかし、その本質は決して難しいものではありません。一言でいえば、「顧客を理解するための『思考の型』」です。
かつては、優れたマーケターの「勘」や「経験」がビジネスを大きく左右する時代がありました。しかし、市場が複雑化し、顧客の行動が多様化した現代において、個人の感覚だけに頼った意思決定は、まるで羅針盤を持たずに大海原へ漕ぎ出すようなものです。偶然、宝島にたどり着くこともあるかもしれませんが、多くは道に迷い、さまようことになってしまいます。

顧客分析フレームワークは、この航海における羅針盤の役割を果たします。闇雲に進むのではなく、「どの星(指標)を目指すのか」「どんなルート(分析手法)を辿るのか」を明確にしてくれるのです。私がこれまで見てきた中で、成長し続ける企業には共通点があります。それは、組織全体で「顧客を見るための共通言語」を持っていること。フレームワークは、まさにその共通言語の役割を担うのです。
代表的なフレームワークと、誰もが陥る「罠」
では、具体的にどのようなフレームワークがあるのでしょうか。代表的なものをいくつか、料理に例えながらご紹介しましょう。
RFM分析:
これは「常連さんを見つけるためのレシピ」です。最近来てくれたか(Recency)、頻繁に来てくれるか(Frequency)、たくさんお金を使ってくれるか(Monetary)という3つの視点で顧客を評価します。まるで、馴染みのお店の店主が「あのお客さん、最近見ないな」「いつも来てくれるな」と感じる、あの感覚をデータで可視化するようなものです。
セグメンテーション分析:
これは「顧客のグループ分けレシピ」です。年齢や性別といった属性だけでなく、サイト内での行動パターンや購買傾向など、様々な切り口で顧客をグループに分けます。「とにかく安さを求めるグループ」「品質とサポートを重視するグループ」など、異なるニーズを持つ集団を見つけ出し、それぞれに最適なアプローチを考えるための基本となります。
CPM分析(Customer Portfolio Management):
これは「顧客を育てるための長期的なレシピ」です。初回購入から優良顧客、そして離反予備軍まで、顧客を10段階ほどのステージに分類し、それぞれのステージ間で顧客がどう動いているかを可視化します。これにより、「どのステージの顧客が次に進めていないのか」というボトルネックが明確になり、長期的な視点での育成プランを立てることができます。

しかし、ここで一つ、非常に重要な注意点があります。それは、「フレームワークを導入すること」自体が目的になってしまうという罠です。かつて私も、あるクライアントに画期的な分析手法を導入した経験があります。しかし、そのデータが高度すぎたため、担当者の方が社内でその価値を説明しきれず、結局は誰も使わない「宝の持ち腐れ」になってしまいました。この失敗から学んだのは、データは、受け手が理解し、行動に移せて初めて価値が生まれるということです。どんなに優れたレシピも、作る人がいなければ意味がないのです。
BtoBからECまで。データから「顧客の物語」を読み解く実践例
フレームワークは、あくまで思考の道具。大切なのは、その道具を使って、データという数字の羅列の向こう側にいる「顧客の物語」を読み解くことです。
例えば、あるBtoBのクライアントは、リード獲得数は多いものの、なかなか成約に結びつかないという課題を抱えていました。私たちは、営業データやWeb行動履歴を統合し、カスタマージャーニーマップを作成しました。すると、「価格ページは熱心に見ているが、導入事例ページを見ていない」リード群がいることが判明。彼らは価格に関心はあるものの、自社で活用できるか不安を抱えている、という「内心の迷い」が可視化されたのです。そこで、そのセグメントにだけ導入事例の詳しい資料を送る、というシンプルな施策で、商談化率を大幅に改善できました。
また、あるメディアサイトでの成功例は、今でも私の信条を支える経験となっています。記事からサービスサイトへの遷移率が低く、どんなにリッチなバナーを試しても改善しませんでした。そこで私たちは原点に立ち返り、「ユーザーはバナーを見に来ているのではなく、情報を読みに来ている」という仮説のもと、記事の文脈に合わせたごく自然な「テキストリンク」を設置する、という非常に地味な提案をしました。結果、遷移率は15倍に跳ね上がったのです。「簡単な施策ほど正義」。見栄えの良い提案より、顧客の心理に寄り添った、本質的な改善こそが結果を生むのです。
顧客分析を加速させるCDPという「土台」
こうした顧客一人ひとりの物語を読み解く上で、強力な助けとなるのがCDP(カスタマーデータプラットフォーム)です。

多くの企業では、Webサイトのデータ、店舗の購買データ、広告のデータ、営業のCRMデータなどが、バラバラの場所に保管されています。これでは、一人の顧客の全体像を捉えることはできません。CDPは、これらの点在するデータを一つに統合し、「Aさん」という一人の顧客の行動を線で繋げるための土台です。
CDPという土台が整うことで、先ほどご紹介したようなフレームワーク分析の精度が飛躍的に向上します。例えば、「ECサイトで特定の商品をカートに入れたが購入しなかったBtoB企業の担当者Aさん」に対して、翌日、営業担当者から「その商品の導入事例ですが…」とフォローの電話を入れる、といったことが可能になります。これは、顧客のサイレントな行動(内心)を汲み取り、先回りしたおもてなしをすることに他なりません。
ただし、CDPもまた万能薬ではありません。導入にはコストもかかりますし、どのデータをどう統合するかという設計が命となります。あくまでビジネスを改善するための手段であり、目的ではないことを忘れてはいけません。
失敗から学ぶ、顧客分析を成功に導く3つの心構え
20年のキャリアの中で、私は成功と同じくらい、たくさんの失敗も経験してきました。その経験から、顧客分析を始める前に、ぜひあなたに知っておいてほしい3つの心構えがあります。
1. 目的のないデータは「ガラクタの山」
まず、「誰の、どんな課題を解決したいのか」を徹底的に明確にしてください。これが曖昧なままデータを集めても、分析の方向性が定まらず、結局何も生み出さない「データのガラクタの山」を築くだけになってしまいます。

2. 「正しいデータ」より「伝わるデータ」
分析の専門家は、つい高度で複雑なレポートを作って自己満足に陥りがちです。しかし、そのデータを見て行動するのは、必ずしも分析のプロではありません。経営者、営業、マーケター、誰がそのデータを見て、何を判断するのか。受け手のレベルに合わせて、シンプルで分かりやすく、「次の一歩」が明確になるデータを設計することが何よりも重要です。
3. 不確かなデータで語るくらいなら「待つ勇気」を持つ
データを活用しようと焦るあまり、蓄積が不十分なデータで判断を誤った苦い経験があります。データアナリストは、時にクライアントの期待や社内のプレッシャーからデータを守る「最後の砦」でなければなりません。正しい判断のためには、沈黙し、データが十分に集まるのを「待つ勇気」が不可欠です。
明日からできる、最初の一歩
ここまで、顧客分析フレームワークの考え方から実践、そして心構えまでお話ししてきました。もしかしたら、やることがたくさんあるように感じて、少し圧倒されてしまったかもしれません。
でも、ご安心ください。最初から完璧な分析体制を築く必要はありません。大切なのは、まず「一つの問い」から始めてみることです。
「なぜ、優良顧客は私たちのサイトを使い続けてくれるのだろう?」
「なぜ、初回購入者の多くはリピートしてくれないのだろう?」

このような、あなたのビジネスの根幹に関わる、たった一つの問いを立ててみてください。そして、その答えを探すために、手元にあるデータを眺めてみる。まずはそこからで十分です。その小さな一歩が、データに基づいたビジネス改善への大きな扉を開く鍵となります。
この記事が、あなたがデータと向き合い、顧客の心を理解するための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。もし、「自社の場合はどんな問いを立てればいいか分からない」「どのフレームワークが合うのか相談したい」と感じたら、いつでも私たち株式会社サードパーティートラストにお声がけください。あなたのビジネスの物語を、データと共に読み解くお手伝いをさせていただきます。