「顧客理解」を「ビジネス成果」に言い換える思考法|データ分析20年のプロが語る本質
こんにちは。株式会社サードパーティートラストでアナリストを務めております。かれこれ20年、ウェブ解析という領域で、様々な企業のビジネス改善に携わってきました。
さて、この記事にたどり着いたあなたは、きっと「顧客理解」の重要性を痛感し、日々その壁と向き合っているのではないでしょうか。「顧客のために」とアンケートを取り、データを睨み、ペルソナを作ってはみるものの、どこか手応えがない。施策を打っても、期待したほどの成果が出ない…。そんな経験はありませんか?
それは、あなたが顧客を理解できていないからではありません。多くの場合、「理解しているつもり」で止まってしまっているだけなのです。データという客観的な事実と、顧客の「内心」との間にある、見えない溝。その溝を埋める架け橋こそが、私たちが「言い換え」と呼ぶ思考法です。
この記事では、単なるテクニック論は語りません。私が20年の現場で培ってきた、データを「ビジネス成果」に直結させるための思考のフレームワークそのものをお伝えします。読み終える頃には、あなたの中で「顧客理解」という言葉の意味が、きっと変わっているはずです。
そもそも、顧客理解を「言い換える」とは何か?
まず、あなたに一つ、信条をお伝えさせてください。それは、私たちが創業以来ずっと大切にしてきた「データは、人の内心が可視化されたものである」という考え方です。

アクセス数や直帰率といった数字の羅列は、それ自体に意味はありません。それは、顧客一人ひとりの「迷い」や「期待」「諦め」といった感情が、行動として現れた結果の集積です。この数字の裏側にあるストーリーを読み解くプロセス、それこそが顧客理解の「言い換え」の本質です。
例えば、アンケートで「価格が高い」という声が集まったとします。多くの人はここで「値下げを検討しよう」と考えてしまいます。しかし、それは思考の停止です。私たちは、この「高い」という一言を、様々な内心に「言い換えて」みます。
- 「この機能でこの値段は、価値に見合わない」と感じているのか?
- 「競合のあの製品と比べて、割高だ」と思っているのか?
- 「本当は欲しいけれど、今は予算的に手が出ない」という状況なのか?
- 「製品の価値が伝わっておらず、安く見られている」だけなのか?
このように、一つのデータを多角的に解釈し、顧客の真意(インサイト)の仮説を立てる。この思考のクセこそが、凡庸な分析と、ビジネスを動かす分析とを分ける決定的な違いなのです。データはあくまで食材。どんなに高級な食材も、レシピ(=言い換えの視点)がなければ、最高の料理にはなりません。
なぜ今、「言い換え」の思考が不可欠なのか?
現代のビジネスは、顧客の価値観が多様化し、変化のスピードも加速しています。かつて成功した「常識」は、もはや古い地図でしかありません。その地図を信じて進み続ければ、いつか崖から落ちてしまうでしょう。
私が過去に担当した、あるメーカーのクライアントがその典型でした。彼らは自社製品の強みを「長年培った高い技術力」だと信じ、それを前面に押し出したプロモーションを続けていました。しかし、売上は伸び悩んでいたのです。

私たちはデータを徹底的に分析し、顧客の行動や購入後のレビューを「言い換え」ていきました。すると見えてきたのは、意外な事実でした。顧客は「高い技術力」を求めていたのではなく、「忙しい毎日の中で、何も考えずに使える手軽さ」を求めていたのです。彼らが誇っていた「技術力」は、顧客にとっては「なんだか難しそう」という印象にすら繋がっていました。
このインサイトに基づき、私たちはプロモーションの言葉をすべて「言い換え」ました。「最高峰の技術」から「あなたの5分をうみだす、かしこい選択」へ。この転換によって、製品の売上は、面白いように伸び始めたのです。
これは、顧客を理解していなかったのではなく、自社の「常識」という色眼鏡でしか顧客を見ていなかった、という典型的な例です。この色眼鏡を外し、顧客の視点に立って世界を見直すためのツールが、「言い換え」なのです。
データから「内心」を読み解く、具体的な3つのステップ
では、具体的にどうやって「言い換え」の精度を高めていけばよいのでしょうか。ここでは、私たちが実践している3つのステップをご紹介します。
ステップ1:定量データから「問い」を立てる
まずは、Google Analytics(GA4)などで得られる定量データと向き合います。しかし、ここで「どのページの直帰率が高いか」といった表面的な分析で終わってはいけません。

大切なのは、データから「なぜ?」という問いを立てることです。例えば、「購入完了ページへの到達率が低い」という事実があったとします。ここから、「なぜ、お客様はカートに商品を入れたのに、途中で諦めてしまうのだろう?」という問いが生まれます。この「問い」こそが、分析の出発点です。
ステップ2:定性データで「なぜ」を深掘りする
次に、その「なぜ」の答えを探すために、定性データを集めます。行動の裏にある「内心」を捉えるためです。
私たちが独自に開発した「サイト内アンケートツール」は、まさにこのために生まれました。例えば、カートページで一定時間操作がないユーザーにだけ「何かお困りですか?」とアンケートを表示するのです。すると、「送料が思ったより高かった」「支払い方法が分かりにくい」といった、定量データだけでは決して見えない「生の声」が集まってきます。
最近では、AI(大規模言語モデル)も優秀なアシスタントになります。アンケートの自由記述やレビューといった膨大なテキストデータをAIに読み込ませ、「顧客が最も不満に感じている点は何か、3つに要約して」と指示するだけで、驚くほど的確なインサイトを得られることもあります。
ステップ3:2つのデータを掛け合わせ、「ストーリー」に言い換える
最後に、定量データ(何が起きたか)と定性データ(なぜ起きたか)を掛け合わせ、顧客の行動を一つのストーリーとして「言い換え」ます。

「カート放棄率が高い(定量)」のは、「送料がネックになっている(定性)」から。「だから、お客様は購入をためらい、サイトを離脱してしまった」という、顔の見える物語として再構築するのです。ここまでできて初めて、「送料無料の条件を明記する」「合計金額をリアルタイムで表示する」といった、的確な打ち手が見えてくるのです。
このプロセスは、複雑なユーザー 行動の中から本質的な課題だけを抜き出す、私たちの「マイルストーン分析」という独自手法にも通じる考え方です。
「言い換え」を実践する上での心構え
この思考法を導入するには、メリットだけでなく、注意すべき点もあります。
最大のメリットは、これまでお話ししてきた通り、顧客の真のニーズに基づいた的確な施策が打てるようになり、ビジネス成果に直結することです。また、社内で「顧客はこう考えているはずだ」という憶測に基づいた不毛な議論がなくなり、データという共通言語で会話できるようになるため、意思決定のスピードも格段に上がります。
一方で、注意すべきは「思い込み」のリスクです。データ分析に慣れていないと、自分の仮説に都合の良いデータだけを見てしまい、かえって視野を狭めてしまうことがあります。また、どんなに優れた分析も、それを受け入れる組織の文化がなければ意味がありません。私自身、過去にクライアントの組織体制を無視した「正論」を振りかざし、全く実行に移してもらえなかった苦い経験があります。

データ分析は万能薬ではありません。常に「自分たちの常識を疑う」という謙虚な姿勢と、関係者を巻き込みながら進める丁寧なコミュニケーションが不可欠です。
失敗から学ぶ:「見て見ぬふり」が最大の損失
顧客理解の「言い換え」を導入しない、あるいは見て見ぬふりをすることのリスクについても、お話しなければなりません。それは、静かに、しかし確実にビジネスを蝕んでいきます。
忘れられない失敗があります。あるクライアントサイトで、コンバージョンフォームの使い勝手が致命的に悪いことは、データを見れば明らかでした。しかし、その管轄は別の部署で、組織的な抵抗が予想されたため、私はその根本的な課題への言及を避けてしまったのです。短期的な関係性を優先してしまった、私の「忖度」でした。
結果、どうなったか。1年経っても本質的な改善はなされず、サイトのコンバージョン率は低いまま。膨大な機会損失を生み出し続けました。最も大きなリスクは、間違えることではなく、課題と知りながら何もしないことだと、この時ほど痛感したことはありません。
あなたのビジネスにも、そんな「見て見ぬふりをしている課題」はありませんか? それは、顧客が静かに発している「助けて」のサインかもしれません。

成功の鍵は「簡単な施策」に宿る
ここまで聞くと、何だか大変そうだと感じたかもしれません。しかし、素晴らしいニュースがあります。多くの場合、最も効果的な施策は、驚くほどシンプルなのです。
あるメディアサイトで、記事からサービスサイトへの遷移率が、どんなにリッチなバナーを置いても改善しない、という相談を受けました。あらゆるデータを分析し、ユーザー行動を観察した結果、私たちは「見栄えの良いバナーを置くべき」という固定観念そのものを「言い換え」ました。
そして提案したのは、たった一つのシンプルな施策。記事の文脈に合わせた、ごく自然な「テキストリンク」を設置することでした。結果、遷移率は0.1%から1.5%へ、実に15倍に向上したのです。「リンクをテキストに」という、誰にでもできる地味な施策が、最も効果的だったのです。
アナリストは見栄えの良い提案をしたくなる誘惑に駆られます。しかし、ユーザーにとって重要なのは、見た目よりも情報そのものです。常に「最も早く、安く、簡単に実行できて、効果が大きい施策は何か?」という視点を忘れないでください。
まとめ:明日からできる、最初の一歩
「顧客理解」とは、顧客のすべてを知ることではありません。それは、データという声なき声に耳を澄まし、その裏にある内心を想像し、ビジネスの言葉に「言い換え」ていく、創造的なプロセスです。

この長い記事を最後まで読んでくださったあなたなら、もうその重要性にお気づきのはずです。では、明日から何をすべきか。最後に、具体的な「最初の一歩」を提案させてください。
まず、あなたのサイトの「お問い合わせ」や、ECサイトの「商品レビュー」を一つでいいので開いてみてください。そして、そこに書かれたお客様の言葉を、「このお客様が、本当に伝えたかったことは何だろう?」という視点で、最低3つの違う言葉に言い換えてみるのです。
「使い方が分からない」は、「説明書が不親切」なのか、「そもそも自分には合わない製品だった」なのか、それとも「期待していた機能が見つからない」なのか。
この小さな思考のトレーニングが、あなたのビジネスの景色を変える、大きな一歩になるはずです。
もし、その「言い換え」に迷ったり、組織という大きな壁にぶつかったりした時は、いつでも私たちにご相談ください。私たちは、答えを教えるのではなく、あなたと一緒に「言い換え」の思考を深め、ビジネスを前に進めるための壁打ち相手になります。あなたの挑戦を、心から応援しています。
