【プロが語る】カスタマージャーニーとペルソナの本質|顧客の「心」を動かすデータ活用の教科書
「広告を打っても、サイトを改修しても、なぜか成果に繋がらない…」
ウェブサイトの担当者なら、誰もが一度は抱える悩みではないでしょうか。施策の一つひとつは間違っていないはずなのに、なぜか全体として噛み合わない。それは、あなたのマーケティング施策が「点」で終わってしまっているからかもしれません。
はじめまして。株式会社サードパーティートラストでアナリストを務めております。20年間、ECからBtoBまで、様々な業界でウェブ解析に携わり、数々の事業の課題と向き合ってきました。
私たちが創業以来、一貫して掲げてきた信条があります。それは「データは、人の内心が可視化されたものである」ということ。数字の羅列の向こう側には、必ず生身の人間の喜び、迷い、そして期待が隠されています。その内心を読み解かずに、小手先の改善を繰り返しても、ビジネスは決して前進しません。
この記事では、バラバラな「点」の施策を、顧客の心に響く「線」のストーリーへと紡ぎ上げるための強力な羅針盤、「カスタマージャーニー」と「ペルソナ」について、私たちの経験と哲学を交えながら、本質から解説します。単なる手法の紹介ではなく、あなたのビジネスを明日から変えるための「思考のフレームワーク」をお渡しできれば幸いです。
カスタマージャーニーとは?顧客という名の「主人公」が歩む冒険の地図
「カスタマージャーニー」という言葉、よく耳にしますよね。一言でいえば、これはお客様があなたの商品やサービスを認知し、興味を持ち、比較検討を経て購入や契約に至り、さらにはファンになるまでの「冒険の道のり」を可視化した地図のようなものです。

この地図を作る目的は、ただ一つ。お客様が旅の途中で「どこで道に迷い」「何に心を動かされ」「どんな壁にぶつかっているのか」を、お客様の視点に立って深く理解することです。
多くの企業が陥りがちなのが、「自社が伝えたいこと」を起点にコミュニケーションを設計してしまうこと。しかし、お客様の旅路はもっと複雑で、感情やその時々の状況によって大きく揺れ動きます。私たちは、この地図作りを通して、単なる数値改善ではなく、顧客体験そのものを改善することを目指します。
かつて、あるクライアントサイトで、どうしても最終的な申込みが増えないという課題がありました。データ上は多くの人がフォームページまでは到達している。しかし、そこで大多数が離脱していました。私たちはカスタマージャーニーマップを作成し、その「最後の壁」でのお客様の心理を徹底的に分析しました。結果、フォームの入力項目が多すぎること、そして何より「この情報を入力して本当に大丈夫だろうか」という不安を払拭できていないことが根本原因だと突き止めました。入力項目の削減と安心感を醸成する一文を加える、という地味な改善でしたが、成約率は目に見えて向上したのです。
ただし、最も注意すべきことがあります。それは、カスタマージャーニーは「一度作ったら終わり」ではない、ということ。市場やお客様の価値観は常に変化します。この地図は、定期的に見直し、新しい道や近道を描き加えていく「生き物」だと捉えることが、成功への絶対条件です。
ペルソナとは?判断に迷った時に頼れる「架空の同僚」
カスタマージャーニーが「冒険の地図」なら、その地図を手に旅をする「主人公」が「ペルソナ」です。

ペルソナとは、あなたの商品やサービスにとって最も重要なお客様の人物像を、まるで実在するかのように具体的に描き出したもの。年齢や性別、職業といったデモグラフィック情報だけではありません。その人の価値観、情報収集の方法、休日の過ごし方、そして今、どんなことに悩み、何を解決したいと願っているのか。その「内心」にまで踏み込んで設定します。
なぜ、そこまで具体的にする必要があるのでしょうか?それは、マーケティングにおけるあらゆる「意思決定の拠り所」を作るためです。「このキャッチコピーは、ペルソナの〇〇さんに響くだろうか?」「この新しい機能は、〇〇さんの悩みを解決できるだろうか?」と、判断に迷った時にいつでも相談できる「架空の同僚」のような存在。それがペルソナなのです。
伝えるべき相手が明確になり、メッセージの解像度が劇的に上がるのです。
ここで陥りがちなのが、「こうだったらいいな」という作り手側の願望や思い込みだけでペルソナを作り上げてしまうこと。これは最も危険な罠です。そうして作られたペルソナは、現実の顧客とかけ離れた、ただの都合の良い偶像になってしまいます。
真に価値のあるペルソナは、必ず客観的なデータ(定量)と、お客様の生の声(定性)の両方から生まれます。アクセス解析データから行動の事実を掴み、アンケートやインタビューでその行動の裏にある「なぜ?」を探る。この両輪があって初めて、ペルソナは血の通った、信頼できる「相棒」となるのです。

なぜ両方が必要なのか?地図と主人公が揃って始まる「本当の物語」
カスタマージャーニーとペルソナ。この二つは、どちらか片方だけでは真価を発揮しません。それはまるで、冒険の地図と主人公の関係そのものです。
どんなに詳細な地図(カスタマージャーニー)があっても、そこを旅する主人公(ペルソナ)が誰なのか分からなければ、最適なルートも、必要な装備も分かりません。屈強な戦士と、知識豊富な魔法使いとでは、同じ目的地を目指すにしても、選ぶ道も戦い方も全く異なるはずです。
逆に、どんなに魅力的な主人公(ペルソナ)がいても、彼(彼女)がどんな道のりを歩むのかという地図(カスタマージャーニー)がなければ、どこで助けが必要で、どこで最高の景色を見せてあげられるのか分かりません。
この二つを掛け合わせることで、私たちは初めて「ペルソナの〇〇さんが、この段階(タッチポイント)では、こんな気持ちで、こんな情報を探しているはずだ」という、極めて具体的な仮説を立てることができます。そして、その仮説に基づいて、ウェブサイトのコンテンツ、広告のメッセージ、SNSでのコミュニケーションといった、あらゆる施策を設計していくのです。
データ分析は、顧客の「行動」を教えてくれます。しかし、カスタマージャーニーとペルソナは、その行動の裏にある顧客の「感情」や「思考」をストーリーとして理解するためのフレームワークなのです。この二つが揃った時、あなたのマーケティングは初めて、顧客の心に寄り添う「物語」を紡ぎ始めます。

失敗しないための作成ステップ:プロが実践する思考プロセス
では、具体的にどうやって作成するのか。ここでは、私たちがクライアントワークで実践している、本質的なプロセスをご紹介します。ツールの使い方ではなく、「何を考えるべきか」という視点で読み進めてみてください。
ステップ1:目的地の設定 ― 何のために作るのか?
まず最初に、「なぜカスタマージャーニーとペルソナが必要なのか」という目的を明確にします。売上向上? 顧客満足度の改善? それともブランド認知の拡大? この目的が、今後の全ての判断基準となります。そして、その目的を測るためのKPI(重要業績評価指標)も設定しますが、ここで注意が必要です。かつて私は、あまりに専門的な指標をKPIにしてしまい、お客様の社内に全く浸透しなかったという苦い経験があります。誰もが理解でき、納得できるシンプルな指標を選ぶことが、プロジェクトを推進する上で極めて重要です。
ステップ2:情報収集 ― 顧客の「事実」と「本音」を集める
次に、ペルソナとジャーニーの「材料」となる情報を集めます。Google Analyticsなどのアクセス解析データからは、ユーザーの「行動の事実」が分かります。どのページが見られ、どの経路でコンバージョンしているのか。しかし、データだけでは「なぜ」そうしたのかは分かりません。そこで、サイト内アンケートや顧客インタビュー、営業担当者へのヒアリングなどを通じて、顧客の「生の声(本音)」を集めるのです。定量データと定性データ、この両方を揃えることが、後々の分析の精度を大きく左右します。
ステップ3:ペルソナの具体化 ― データから人物像を浮かび上がらせる
集めた情報を元に、顧客をいくつかのグループ(セグメント)に分け、それぞれの中心的な人物像としてペルソナを作成します。ここで重要なのは、情報をただ書き並べるのではなく、その人となりが伝わるストーリーを描くこと。「〇〇さんは、△△という課題を解決するために、□□というキーワードで検索し、私たちのサイトに辿り着いた」といったように、背景や動機まで描き出すことで、ペルソナは命を吹き込まれます。
ステップ4:ジャーニーマップの作成 ― 物語の「起承転結」を描く
設定したペルソナが、商品を認知してから購入・利用後に至るまでの道のりを、時系列でマップに落とし込みます。各段階(フェーズ)ごとに、「行動」「思考」「感情」「タッチポイント(顧客との接点)」「課題」などを書き込んでいきましょう。このプロセスを通じて、「どの段階で顧客のモチベーションが下がるのか」「どこに改善のチャンスがあるのか」といった、ビジネスを成長させるための重要なヒントが浮かび上がってきます。

ステップ5:施策の立案と実行、そして改善
マップ上で見つかった課題を解決するための具体的な施策を考え、実行します。そして、施策の結果をデータで検証し、再びペルソナとジャーニーマップにフィードバックする。このPDCAサイクルを回し続けることこそが、カスタマージャーニーとペルソナを形骸化させない唯一の方法です。
プロはこう活用する:ECサイトとBtoBにおける実践事例
作成したカスタマージャーニーとペルソナは、どのようにビジネスの成果に結びつくのでしょうか。私たちが実際に経験した、2つの事例をご紹介します。
事例1:ECサイト ― 「ギフトを探す人」の不安に寄り添う
あるギフト専門のECサイトでは、サイトへのアクセスは多いものの、購入完了率が伸び悩んでいました。そこで私たちは「大切な人への贈り物を探しているが、失敗したくない30代女性」というペルソナを設定。彼女のカスタマージャーニーを描いたところ、商品の詳細ページで「本当にこの商品で喜んでもらえるだろうか」「ラッピングは綺麗にしてくれるだろうか」という強い不安を感じて離脱していることが見えてきました。
対策はシンプルでした。商品ページに、他の購入者による詳細なレビューや、実際に贈られた相手の喜びの声を掲載。さらに、ラッピングやメッセージカードのサンプル画像を分かりやすく表示し、「私たちがお祝いの気持ちを大切にお届けします」というメッセージを添えました。これは、派手なデザイン変更ではありません。しかし、ペルソナの不安に徹底的に寄り添った結果、サイトのコンバージョン率は1.8倍に改善し、顧客満足度も大きく向上したのです。
事例2:BtoBサービス ― 「情報収集段階」の担当者に信頼を
あるBtoBのITツールを提供する企業では、問い合わせ(リード)の質に課題を抱えていました。「とりあえず情報収集している段階」の担当者からの問い合わせが多く、なかなか商談に繋がらなかったのです。

私たちは「複数社を比較検討中の、導入経験が浅い担当者」というペルソナを設定し、彼らのジャーニーを分析しました。その結果、彼らが求めているのは営業トークではなく、「自社の課題に本当にフィットするのか」「導入の失敗例はないか」といった客観的で信頼できる情報であることが分かりました。そこで、サービスの強みだけでなく、あえて「こういうケースには不向きです」といった情報や、第三者機関の評価、詳細な導入事例をまとめたホワイトペーパーを用意し、サイトからダウンロードできるようにしました。
これにより、情報収集段階の担当者はじっくりと資料を読み込み、確信度を高めた上で問い合わせをしてくれるようになりました。結果として、問い合わせの総数は減ったものの、商談化率は3倍以上に向上。営業チームのリソースを、より見込みの高い顧客に集中させることが可能になったのです。
成功への3つの鉄則:机上の空論で終わらせないために
最後に、これまでの経験から見えてきた、カスタマージャーニーとペルソナを成功に導くための3つの鉄則をお伝えします。これさえ押さえれば、大きな間違いを犯すことはないでしょう。
1. データに誠実であれ、思い込みを捨てよ
分析の出発点は、常に顧客の事実です。社内の常識や「こうあるべきだ」という願望は一度脇に置き、データが示す客観的な事実に耳を傾けてください。そして、そのデータの裏にある顧客の「なぜ?」を、生の声から探求する。この誠実な姿勢こそが、アナリストの最も重要な資質だと私は信じています。
2. シンプルに始め、絶えず育てよ
最初から完璧なペルソナやジャーニーマップを作ろうとする必要はありません。むしろ、それは不可能です。まずは手元にある情報だけで、シンプルなものを作ってみる。そして、施策と検証を繰り返す中で、少しずつ精度を高め、育てていくという意識が大切です。簡単な施策ほど、早く実行でき、早く学べます。

3. 「自分ごと」ではなく「みんなごと」にせよ
ペルソナとカスタマージャーニーは、マーケティング担当者だけのものではありません。営業、開発、カスタマーサポートなど、顧客と関わる全ての部署で共有されて初めて、その価値は最大化されます。組織全体で「私たちの顧客は〇〇さんだ」という共通認識を持つこと。これこそが、顧客中心のビジネスを実現するための、最もパワフルな推進力となるのです。
明日からできる、顧客理解への「最初の一歩」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。カスタマージャーニーとペルソナは、顧客を深く理解するための「思考のフレームワーク」であり、あなたのビジネスの羅針盤となるものです。
「でも、何から手をつければ…」と感じたかもしれませんね。
では、明日からできる最初の一歩をご提案します。まずはGoogle Analyticsを開き、「コンバージョンに至ったユーザー」が、直前にどのページを見ていたかを調べてみてください。あるいは、最近お客様から来た問い合わせメールを3件、じっくりと読み返してみてください。その言葉遣いや質問内容に、彼らの人柄や悩みが滲み出ているはずです。
そこに、あなたのビジネスが向き合うべき、顧客の「内心」を読み解くヒントが隠されています。

もし、そのデータや言葉から何を読み解けばいいか分からない、あるいは、見えてきた課題が自社だけでは解決できないほど根深いと感じたなら。その時は、ぜひ私たちのような外部の専門家を頼ることも選択肢の一つとしてご検討ください。あなたの会社のデータに眠る可能性を、共にストーリーへと紡いでいくお手伝いができるかもしれません。