なぜ、あれほど吟味したSaaSが使われないのか?─データから導く「失敗しないSaaS比較」の新常識
「SaaS 比較」と検索し、機能や価格を一覧表にまとめる。何度もチームで議論を重ね、これぞというツールを導入したはずなのに、数ヶ月後には誰も使わなくなってしまった…。マーケターや経営者の方なら、一度はこんな苦い経験や、それに近い話を聞いたことがあるのではないでしょうか。
こんにちは。株式会社サードパーティートラストで、20年間ウェブ解析に携わっているアナリストです。私はこれまで、EC、メディア、BtoBなど、あらゆる業界でデータと向き合い、事業の立て直しをご支援してきました。その中で痛感してきたのは、多くのSaaS比較が「機能の比較」で終わってしまい、最も大切な視点が抜け落ちているという事実です。
それは、「そのツールで、誰の、どんな『内心』を動かし、ビジネスをどう変えたいのか?」という問いです。この記事では、単なる機能比較に終始しない、あなたのビジネスを本質的に改善するための「SaaS比較」の考え方と具体的なステップを、私の経験を交えながらお伝えします。この記事を読み終える頃には、SaaS選びの迷いが晴れ、確信を持って次の一歩を踏み出せるはずです。
SaaS比較の「地図」を手に入れる:すべての始まりは「目的」の解像度
SaaS比較を始める前に、一つだけ、あなたに問いかけさせてください。「あなたは、そのSaaSを導入して、何を成し遂げたいのですか?」
これは、まるで登山の前に「どの山の頂を目指すのか?」と問うのと同じです。頂上が決まらなければ、どんな立派な登山靴(SaaS)も、どんな詳細な地図(比較表)も意味をなしません。多くの失敗は、この「目的地の解像度」が低いまま出発してしまうことから始まります。

「営業効率を上げたい」という目的は、まだ解像度が低い状態です。そこからさらに、「なぜ効率が悪いのか?」「誰の、どの作業に時間がかかっているのか?」「その結果、どんな機会損失が生まれているのか?」と深掘りしていく必要があります。
私たちが創業以来掲げている「データは、人の内心が可視化されたものである」という信条は、ここでも活きてきます。現場の社員が入力した日報データ、顧客がサイト上で見せた行動データ。それらの数字の裏側にある「もっとこうだったら良いのに」という心の声を拾い上げ、言語化すること。それが、本当に価値のある目的設定に繋がるのです。
「機能」の森で迷わないために:比較項目の優先順位
目的が明確になったら、ようやく具体的なSaaSの比較検討に入ります。しかし、ここにも大きな罠があります。それは「多機能・高機能なツール」への過度な期待です。
かつて、あるメディアサイトの改善で、記事からサービスサイトへの遷移率が低いという課題がありました。担当者は皆、リッチなバナーデザインや、派手なポップアップのABテストを繰り返していましたが、結果は芳しくありませんでした。私は「見栄えは後回しにして、まずはこの記事の文脈に合う、ごく自然なテキストリンクを1本追加しませんか?」と提案しました。
結果、遷移率は0.1%から1.5%へ、実に15倍に向上しました。最も地味で、コストのかからない施策が、最も効果的だったのです。この経験から得た私の哲学は「簡単な施策ほど正義」というものです。

SaaS比較においても、これは真理です。比較表を作る際は、以下の項目をぜひ意識してください。
- 必須機能(Must):これがないと目的が達成できない、最低限の機能。
- 推奨機能(Want):あれば嬉しいが、代替手段がある機能。
- 将来性(Scalability):事業の成長に合わせて、連携や拡張が可能か。
- 導入・運用コスト:月額料金だけでなく、現場の学習コストや設定にかかる時間も含む「総コスト」。
- サポート体制:困った時に、自社のリテラシーに合ったサポートを受けられるか。
いきなり全ての機能を備えた最高級ツールを目指すのではなく、まずは「必須機能」を確実に満たし、最も早く、安く、簡単に目的を達成できるSaaSは何か?という視点で選ぶことが、失敗しないための鍵となります。
【実践編】分野別SaaS選びの視点:データアナリストは「こう」見る
世の中には様々なSaaSが存在します。ここでは代表的な分野を取り上げ、私が普段どのような視点で選定に関わっているか、その思考プロセスの一部をご紹介します。(※特定のツールを推奨するものではなく、あくまで考え方の一例です)
顧客管理(CRM)/ 営業支援(SFA)
よくある失敗は、「顧客情報を一元管理したい」という漠然とした目的で導入し、営業担当者が入力してくれずに形骸化するケースです。私が重視するのは、「現場の担当者が、入力するメリットを実感できるか?」という点です。例えば、名刺をスキャンするだけで自動で顧客情報が登録され、次のアプローチのヒントまで提示してくれる。そんな「楽になる」体験がなければ、定着は難しいでしょう。
マーケティングオートメーション(MA)
MAツールは非常に強力ですが、「魔法の杖」ではありません。導入する前に「誰に、何を、どのタイミングで届けたいか」というコミュニケーションシナリオが描けているかが全てです。シナリオがないまま導入しても、高価なメール配信システムで終わってしまいます。まずは手動でも良いので、顧客セグメントごとのメール配信を試し、効果のあったシナリオを自動化するためにMAを導入する、という順番が理想です。

Web解析 / データ分析
Google Analytics(GA4)は非常に高機能ですが、全ての企業がその機能を使いこなせるわけではありません。以前、私が開発した画期的な分析手法をクライアントに導入した際、担当者以外にその価値が伝わらず、活用されなかった苦い経験があります。データは、受け手が理解し、行動に移せて初めて価値が生まれます。自社のメンバーのリテラシーに合わせて、時にはよりシンプルで直感的なツールを選ぶ勇気も必要です。
導入後に後悔しないための「最後の砦」:組織という名の壁
最適なSaaSを選んだ。これで万事解決だ…とはいきません。実は、最大の障壁はツールの外、つまり「組織」にあることがほとんどです。
あるクライアントで、コンバージョンの最大のボトルネックが入力フォームにあることは、データから明らかでした。しかし、そのフォームの管轄は別部署。私は組織的な抵抗を恐れ、その根本的な課題への言及を避けてしまいました。結果、1年経っても数値は改善せず、多大な機会損失を生んでしまったのです。
アナリストとして、顧客に忖度し、言うべきことを言わないのは失格です。データが示している「避けては通れない課題」については、たとえ反対されても伝え続ける覚悟が必要です。もちろん、相手の予算や体制を無視した「正論の押し付け」もまた無価値です。現実的な実行計画とセットで、しかし断固として、ビジネスを前に進めるための提案を行う。それこそが、私たちの存在価値だと信じています。
SaaS導入は、時として業務フローや組織のあり方そのものに変革を迫ります。ツール選定と同時に、社内の協力体制をどう築くか、という視点を決して忘れないでください。

SaaSは「道具」。ビジネスを動かす「使い方」とは
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。SaaS比較とは、単なる機能比較ではなく、「自社のビジネス課題と向き合うプロセスそのものである」ということが、少しでも伝わっていれば幸いです。
SaaSは、あくまでビジネスを改善するための「道具」に過ぎません。そして、その道具の真価は、「データ分析」と連携させることで初めて発揮されます。
例えば、CRMの顧客データと、GA4のサイト行動データを連携させる。すると、「優良顧客は、サイトのどのコンテンツをよく見ているのか?」「失注した顧客は、料金ページのどこで離脱したのか?」といった、これまで見えなかったインサイトが浮かび上がってきます。この「ユーザーの内心」を深く理解することが、次の打ち手の精度を劇的に向上させるのです。
「数値の改善を目的としない。ビジネスの改善を目的とする」。これが私の信条です。SaaSを導入して終わりではなく、そこから得られるデータを元に、仮説を立て、施策を実行し、またデータで効果を検証する。このサイクルを回し続けることが、SaaS導入を成功させ、ビジネスを成長させる唯一の道です。
明日からできる、SaaS比較の「最初の一歩」
さて、長くなりましたが、最後にあなたが明日からできる具体的なアクションをお伝えします。

それは、「高機能なSaaSの資料請求を、一旦やめてみること」です。
その代わりに、まずあなたのチームのメンバーや、関連部署の担当者に、「今、一番面倒だと感じている手作業は何か?」あるいは「『もっとこうだったら良いのに』と思う業務は何か?」とヒアリングしてみてください。付箋に書き出すだけでも構いません。
そこにこそ、あなたの会社が本当に解決すべき課題、そして選ぶべきSaaSのヒントが隠されています。ツールの機能リストを眺める前に、まずは自社の「不」の感情がどこにあるのかを、徹底的に探ってみてください。
もし、その課題整理のプロセスで壁にぶつかったり、客観的な第三者の視点が欲しくなったりした時は、いつでも私たちにご相談ください。20年間、データと共に企業の課題と向き合ってきた経験を活かし、あなたのビジネスに最適な「次の一手」を見つけるお手伝いをいたします。