その目標 設定、本当に機能していますか?SMARTの罠と、ビジネスを動かすKGI・KPIの「本当の」立て方
こんにちは、株式会社サードパーティートラストでアナリストを務めております。ウェブ解析の世界に身を置いて20年、ECサイトからBtoB、メディアまで、あらゆる業界の「Webサイトの課題」と向き合い、データと共にビジネスを立て直すお手伝いをしてきました。
「今期の目標は、売上120%アップだ!」
年度の初めに、意気揚々と目標を掲げる。しかし、数ヶ月も経つと、その目標は日々の業務に埋もれ、いつの間にかただの「お題目」になってしまってはいないでしょうか。「目標は立てたけれど、具体的に何をすればいいか分からない」「現場の行動と目標が結びついていない」…これは、私がこれまで数え切れないほどお客様から耳にしてきた、切実な悩みです。
多くの企業が「目標 設定 SMART」というフレームワークを使って、目標を具体化しようと試みます。しかし、その使い方を誤ると、かえって現場を混乱させ、モチベーションを削ぐだけの「機能しない目標」を生み出してしまう危険性すらあるのです。
この記事では、単なるSMART原則の解説に留まりません。20年間の現場経験で培った、データに基づき、チームを動かし、そして確実にビジネスを成長させるための「生きたKGI・KPI設定」の哲学と技術を、私の体験談も交えながら、余すところなくお伝えします。

KGIとKPI、それはビジネスという名の「登山」の羅針盤
まず、基本となるKGIとKPIの関係を、あなたと私で再確認しておきましょう。私はよく、この関係を「登山」に例えてお話しします。
KGI(Key Goal Indicator)は、いわば「山頂」です。あなたのビジネスが最終的に目指すゴール、例えば「年間売上10億円達成」や「業界シェアNo.1獲得」といった、組織全体の最終目標がこれにあたります。
そしてKPI(Key Performance Indicator)は、その山頂へ至るまでの「チェックポイント」であり、「コンパス」や「高度計」の役割を果たします。「Webサイトからの問い合わせ月100件」「新規顧客の月間獲得数500人」「顧客単価5,000円」といった、KGI達成に向けた具体的なプロセスの達成度を測る指標です。
なぜこの二つが重要なのでしょうか? それは、目的地(KGI)がなければ進むべき方角が分からず、チェックポイント(KPI)がなければ、自分たちが今どこにいて、順調に進んでいるのかさえ分からないからです。羅針盤も地図も持たずに、闇雲に険しい山を登り続けることはできませんよね。
しかし、ここで一つ、非常に大切な心構えがあります。それは、「数値の改善を目的としない。ビジネスの改善を目的とする」ということです。KPIの数値を追いかけること自体が目的になってしまうと、本質を見失います。KPIはあくまで、ビジネスという山を正しく登るための道具に過ぎないのです。

SMART原則は万能薬ではない。その「罠」と正しい使い方
さて、ここで「目標 設定 SMART」の登場です。SMART原則は、目標設定における非常に優れたフレームワーク、いわば「美味しい料理を作るためのレシピ」のようなものです。
- S (Specific):具体的で分かりやすいか?
- M (Measurable):測定可能か?
- A (Achievable):達成可能か?
- R (Relevant):KGI(最終目標)と関連しているか?
- T (Time-bound):期限が定められているか?
この5つの要素を満たすことで、目標は格段に実行しやすくなります。「売上を上げる」という漠然とした目標が、「Web広告経由の売上を、3ヶ月で15%増加させる」という具体的な行動計画に変わるのです。
しかし、ここに「SMARTの罠」が潜んでいます。レシピ通りに作っても、使う食材(自社のリソース)や料理人の腕(チームのスキル)、そして食べる人(顧客)の好みによって、最高の料理になるとは限りませんよね。
かつて私も、あるクライアントに「理想的に正しいから」という理由で、コストのかかる大規模なシステム改修を伴うSMART目標を提案し続けたことがありました。しかし、その会社の文化や予算感を無視した提案は、一つも実行されませんでした。まさに「絵に描いた餅」です。SMARTというフレームワークに固執するあまり、「実行可能性」という最も重要な視点が抜け落ちていたのです。
SMARTは、あくまで目標を具体化するための「型」です。大切なのは、その型に自社の状況を無理やり押し込めるのではなく、自社の「今」に合わせて、最適な目標へと調整していくことなのです。

ビジネスを動かすKGI・KPI 設定、5つの実践ステップ
では、具体的にどのように「生きたKGI・KPI」を設定していくのか。私がいつもクライアントと共に行う、5つのステップをご紹介します。これは、机上の空論ではなく、20年間の試行錯誤の末にたどり着いた実践的なプロセスです。
まず、ビジネスの最終目的地であるKGIを明確にします。「売上」「利益」「市場シェア」など、会社の誰もが納得する、シンプルで力強い目標を一つ、定めましょう。ここがブレると、全ての努力が霧散してしまいます。このとき、経営層だけでなく、現場のリーダーも交えて議論することが、後のステップで非常に重要になってきます。
ステップ2:KPIの洗い出し ― 「山頂」へのルートを複数描いてみる
次に、KGIを達成するための「登山ルート」、つまりKPIの候補を洗い出します。ECサイトの売上をKGIとするなら、「アクセス数」「転換率(CVR)」「顧客単価」といった要素に分解できます。さらにアクセス数は「広告」「自然検索」「SNS」など、どこから来たのかに分解できますよね。
ここでのポイントは、固定観念に囚われず、あらゆる可能性を洗い出すことです。そして、忘れてはならないのが、私たちの信条である「データは、人の内心が可視化されたものである」という視点です。例えば「転換率が低い」という数字だけを見るのではなく、「なぜお客様は購入をためらったのだろう?」「何に不安を感じたのだろう?」と、数字の裏にいる「人」の感情を想像することが、本質的なKPIを見つける鍵となります。
ステップ3:KPIの絞り込みとSMART化 ― 最も効果的な「最重要ルート」を選ぶ
洗い出したKPIの中から、KGIへのインパクトが最も大きく、かつ改善の余地がある「最重要KPI」を数個に絞り込みます。あれもこれもと欲張ると、リソースが分散し、結局何も成し遂げられません。

そして、絞り込んだKPIをSMART原則に当てはめて具体化します。「転換率を上げる」ではなく、「3ヶ月以内に、商品詳細ページのA/Bテストを実施し、カート投入率を1.5%から2.0%に改善する」といった具合です。この「誰が、いつまでに、何を、どうする」を明確にすることが、目標を絵に描いた餅にしないための秘訣です。
かつて私が担当したメディアサイトでは、どんなにリッチなバナーを作っても、サービスサイトへの遷移率が低いままでした。しかし、「見栄えの良い提案」にこだわらず、記事の文脈に合わせたごく自然な「テキストリンク」への変更を試したところ、遷移率は15倍に向上しました。最も簡単で、最も地味な施策が、最も効果的なKPI改善に繋がったのです。派手さよりも、本質的なインパクトを重視しましょう。
ステップ4:計測計画 ― 「コンパス」と「地図」を準備し、正しく使う
KPIが決まったら、それをどうやって計測するのかを具体的に定めます。Google アナリティクスなどのツールを使い、誰が、いつ、どのようにデータを収集し、レポートするのかを計画します。
ここで、私が過去に犯した大きな失敗談をお話しさせてください。あるクライアントで新しい計測設定を導入した直後、データ活用を急かされ、蓄積が不十分と知りつつも不正確なデータで提案をしてしまいました。しかし翌月、正しいデータを見ると全く違う傾向が見え、私の提案はTVCMによる一時的な異常値を元にしたものだったと判明。クライアントの信頼を大きく損なってしまいました。
この経験から学んだのは、データアナリストは、正しい判断のためには「待つ勇気」が不可欠だということです。不確かなデータで語るくらいなら、沈黙を選ぶ。その誠実さが、最終的にビジネスを守るのです。

ステップ5:定期的な見直しと対話 ― 変化する天候に合わせ、ルートを再検討する
KPIは一度設定したら終わりではありません。市場や顧客の状況は常に変化します。登山中に天候が悪化すれば、ルート変更を検討しますよね。それと同じで、最低でも月に一度はKPIの進捗を確認し、チームで対話する場を設けましょう。
この「見直し」の場で、組織の壁が立ちはだかることもあります。以前、あるサイトでコンバージョンフォームが明らかなボトルネックだと分かっていながら、管轄が別部署だったため、短期的な関係性を優先してその提案を避けてしまったことがあります。結果、1年以上も本質的な改善はなされず、大きな機会損失を生みました。
顧客に忖度し、言うべきことを言わないのはアナリスト失格です。もちろん、相手の事情を無視した「正論」も無価値ですが、「避けては通れない課題」については、データを根拠に、粘り強く伝え続ける。その覚悟が、本当にビジネスを動かすのだと、私は信じています。
【業種別】SMARTな目標設定の考え方
あなたのビジネスでは、どのようなKPIが考えられるでしょうか。ここでは、いくつかの業種を例に、KGIからKPIへの展開の考え方をご紹介します。
ECサイト:
KGIが「売上」なら、KPIは「セッション数 × 転換率 × 顧客単価」に分解できます。あなたのサイトの課題はどこにあるでしょう? 例えば、アクセスは多いのに転換率が低いなら、「カゴ落ち率の改善」や「商品レビュー数の増加」が有効なKPIになるかもしれません。

SaaSビジネス:
KGIが「LTV(顧客生涯価値)の最大化」なら、KPIは「MRR(月次経常収益)」や「チャーンレート(解約率)」が中心になります。特にチャーンレートは、プロダクトの価値を測る最も正直な指標です。「オンボーディング完了率の向上」や「特定機能の利用率アップ」といったKPIが、解約率低下に繋がります。
BtoBサイト(リード獲得):
KGIが「有効商談数」なら、KPIは「ホワイトペーパーのダウンロード数」「セミナー申込数」「問い合わせフォームの送信完了率」などが考えられます。ただ数を追うだけでなく、「リードの質」を測るために「商談化率」を最重要KPIに置くことが成功の鍵です。
明日からできる、最初の一歩
ここまで、目標設定の考え方と具体的なステップをお伝えしてきました。もしこの記事を読んで、「確かに、うちの目標は形骸化しているかもしれない」と感じたなら、素晴らしい第一歩です。
完璧な計画を立てようとする前に、まずは「あなたのチームのKGIは何か?」そして「そのKGIに最もインパクトを与える行動(KPI)は何か?」というたった二つの問いを、あなたのチームに投げかけてみてください。その対話こそが、ビジネスを動かす原動力になります。
しかし、頭では理解できても、いざ自社に当てはめてみると、「どの数値をKPIにすべきか分からない」「組織をどう巻き込めばいいのか…」といった新たな壁に突き当たるかもしれません。それは当然のことです。なぜなら、正解は、あなたの会社の数だけ存在するからです。

もし、あなただけの「正解」を見つける旅のパートナーが必要だと感じたら、ぜひ一度、私たちにお声がけください。20年分の成功と失敗の経験を元に、データと対話で、あなたのビジネスが目指す「山頂」への最短ルートを共に描くお手伝いをさせていただきます。
目標設定とデータ分析に関するお悩みは、株式会社サードパーティートラストへ。まずはお気軽にご相談ください。