なぜ顧客は去ってしまうのか?SaaSの成長を止めない「解約率分析」の本質
「新規顧客の獲得は順調なのに、なぜか利益が安定しない…」
「プロダクトには自信があるのに、お客様が定着してくれない…」
SaaSビジネスの成長を牽引するあなたが、もしこのような壁に突き当たっているとしたら、その原因は「解約率」にあるのかもしれません。
こんにちは。株式会社サードパーティートラストでWEBアナリストを務めております。20年以上にわたり、ECからBtoBまで、様々な業界のデータと向き合い、その裏側にあるお客様の“声なき声”に耳を傾けてきました。
この記事では、単なる解約率 分析のテクニックをお伝えするつもりはありません。私が信条とする「データは、人の内心が可視化されたもの」という哲学に基づき、数字の向こう側にいる顧客の感情を読み解き、あなたのビジネスを本質的に改善するための具体的な道筋を示していきます。
解約率とは、顧客からの静かな「お別れのメッセージ」
まず、根本的な認識を合わせることから始めましょう。私たちが向き合う「解約率」という数字は、単なる指標ではありません。それは、顧客一人ひとりからの、静かで、しかし、とても重い「お別れのメッセージ」だと私は考えています。

SaaSビジネスは、顧客との継続的な関係性の上に成り立つモデルです。
そのため、このメッセージを無視して、新規顧客の獲得ばかりに目を向けていては、まるで穴の空いたバケツで水を汲むようなもの。どれだけコストをかけて新しい水(顧客)を注いでも、バケツ(ビジネス)は決して満たされないのです。
この「穴」の大きさを測るのが、解約率 分析の第一歩です。そして、より重要なのは、その穴が「なぜ」「どこに」空いているのかを突き止めること。これが、ビジネスの未来を左右するLTV(顧客生涯価値)に直結します。
以前、あるクライアントでプロダクトの利用頻度が低い顧客の解約率が高い、というデータが出ていました。しかし、私たちはそこで思考を止めません。「なぜ、利用頻度が低いのか?」を深掘りし、自社開発のサイト内アンケートツールを駆使して「機能が多すぎて、何から使えばいいか分からない」という内心の声を捉えました。
結果、オンボーディング(初期の導入支援)を徹底的に見直すことで、解約率は劇的に改善。LTVの向上はもちろん、顧客からのポジティブな声が増えるという嬉しい副産物まで生まれました。

解約率分析は、犯人探しのための活動ではありません。顧客との関係性を見つめ直し、より良いサービスを提供するための、未来に向けた対話なのです。
ビジネスの健康診断:見るべき指標とその「翻訳」方法
では、具体的にどの数字を見ていけば良いのでしょうか。ここでは健康診断に例えて、見るべき主要な指標と、その数字が語る「意味」を解説します。
まず基本となるのが、顧客数ベースの「カスタマーチャーンレート」と、収益ベースの「MRRチャーンレート」です。
顧客数ベースの解約率(カスタマーチャーンレート)は、「何人のお客様が去ってしまったか」を示す、いわば体温計のようなもの。計算はシンプルですが、これだけを見ていると大きな落とし穴にはまります。
そこで重要になるのが、収益ベースの解約率(MRRチャーンレート)です。これは「どれだけの月間収益が失われたか」を示します。高単価プランの顧客が1人解約するインパクトと、低単価プランの顧客が1人解約するインパクトは全く異なります。ビジネスの本当の痛みを理解するには、MRRベースでの分析が不可欠です。

かつて、顧客数ベースの解約率は低いのに、なぜか売上が伸び悩むクライアントがいました。MRRチャーンレートを分析したところ、ほんの数社の高単価顧客が、静かにサービスから離れていたことが判明。彼らへのヒアリングから、競合の特定機能への優位性を見出し、高単価プランのテコ入れと専任サポート体制の構築で、ビジネスの根幹を揺るがす事態を回避できました。
そして、これらの指標と必ずセットで見るべきなのがLTV(顧客生涯価値)です。これは「一人の顧客が、取引期間全体でどれだけの利益をもたらしてくれるか」という、いわばビジネスの総合的な健康状態を示す指標。解約率を下げ、顧客との関係が長くなるほど、LTVは向上します。
これらの指標を、顧客セグメント(プラン別、利用期間別、利用機能別など)で切り分けて分析することで、「どの顧客層に」「どんな問題が起きているのか」が、より鮮明に浮かび上がってきます。
解約の「なぜ?」を突き止める3つのステップ
数字の傾向が見えてきたら、次はいよいよ「なぜ解約に至ったのか」という原因の深掘りです。これは、名探偵が現場の証拠から犯人の動機を探る作業に似ています。
ステップ1:証拠集め(データ収集)
まずは、あらゆる「証拠」を集めます。CRMやMAツールに蓄積された顧客の行動データ(ログイン頻度、特定機能の利用状況など)はもちろんですが、それだけでは不十分です。私たちは、解約時のアンケートや、可能であれば直接のヒアリングといった「自白(顧客の生の声)」を何よりも重視します。

ステップ2:動機の分析(要因特定)
集めた証拠を突き合わせ、解約の「動機」を分析します。よくあるのが「価格が高い」という理由ですが、鵜呑みにしてはいけません。私の経験上、その裏には「価格に見合う価値を感じられなかった」という本音が隠れているケースがほとんどです。プロダクトの使い勝手、サポートの質、期待していた成果が出ない…など、様々な要因が絡み合っています。
NPS(ネット・プロモーター・スコア)調査も、顧客のロイヤルティを測り、解約の潜在リスクを早期に発見する上で非常に有効な手法です。
ステップ3:対策の立案(改善策の策定)
動機が特定できたら、具体的な改善策を考えます。ここで重要なのが、「できるだけコストが低く、改善幅が大きいものから優先的に実行する」という原則です。大規模な機能開発も時には必要ですが、まずはオンボーディングの改善や、サポート記事の充実、あるいはシンプルなUI変更など、すぐに着手できることから始めるべきです。
私たちはデータ分析の会社ですが、提案するのは数字のレポートではありません。データという顧客の声に基づいた、実行可能で、ビジネスを改善するための具体的なアクションプランです。
明日からできる、解約率を下げるための具体的な一手
分析で課題が見えたら、次はいよいよ行動です。ここでは、私たちが過去に実践し、実際に大きな効果を上げた施策の中から、特に重要なものをいくつかご紹介します。

1. 最高の第一印象を演出する「オンボーディングの最適化」
顧客がサービスを使い始めた最初の数日間が、その後の運命を決めると言っても過言ではありません。チュートリアルの改善、ウェルカムメールの工夫、初期設定をサポートする個別フォローなど、顧客が「これなら使えそうだ」と最初の成功体験を得られる仕組みが不可欠です。
2. 顧客の声を羅針盤にする「プロダクト改善」
プロダクトは生き物です。顧客からのフィードバックや利用データを元に、常に改善を続ける必要があります。ここで陥りがちなのが、開発側の「こうあるべきだ」という思い込み。常に顧客の視点に立ち、本当に求められている機能や改善は何かを見極める必要があります。
3. 「簡単な施策ほど正義」という価値観
あるメディアサイトで、記事からサービスサイトへの遷移率が低いという課題がありました。どんなにリッチなバナーを試しても効果は限定的。そこで私たちが提案したのは、記事の文脈に合わせた、ごく自然な「テキストリンク」への変更でした。結果は劇的で、遷移率は15倍に向上。「見栄えより情報」という、ユーザーの本質的なニーズに応えた結果です。
4. 迷いを断ち切る「大胆かつシンプルなABテスト」
施策の効果を検証するABテストも、やり方を間違えると時間とリソースの無駄に終わります。成功の秘訣は、「比較要素は一つに絞り、差は大胆に設ける」こと。色を少し変えるような些細なテストではなく、「キャッチコピーを全く違う切り口にする」「ボタンの配置を劇的に変える」といった大胆な検証が、次に進むべき道を明確に示してくれます。
分析を導入する覚悟と、その先にある未来
解約率分析を導入することは、自社のビジネスと真剣に向き合う覚悟を決めることです。メリットは計り知れません。収益の安定化、LTVの向上、そして何より、顧客満足度の向上による強固なブランドの構築です。

しかし、デメリットやリスクも存在します。分析には専門知識とリソースが必要ですし、誤ったデータ解釈は、ビジネスを間違った方向へ導きかねません。
私がキャリアの浅い頃、あるクライアントからデータ活用を急かされ、データ蓄積が不十分なまま提案をしてしまった苦い経験があります。翌月、正しいデータを見ると全く違う傾向が見え、私の提案がTVCMによる一時的な異常値を元にしていたことが判明。クライアントの信頼を大きく損ないました。この経験から、不確かなデータで語るくらいなら、沈黙を選ぶ「待つ勇気」が、アナリストには不可欠だと学びました。
解約率分析を導入しないことは、顧客の不満に耳を塞ぎ、静かに沈みゆく船に乗っているのと同じです。正しい羅針盤を持ち、時には嵐が過ぎ去るのを待つ勇気を持つこと。それが、この荒波を乗り越える唯一の方法です。
まとめ:明日からできる、あなたの「最初の一歩」
ここまで、解約率分析の本質から具体的な手法まで、私の経験を交えながらお話ししてきました。情報量が多く、何から手をつけていいか戸惑っているかもしれません。
もし、あなたが明日から何か一つ始めるとしたら、まずは「直近1ヶ月で解約した顧客リスト」を眺めてみることから始めてください。

そして、可能であればそのうちの3社に、「もし差し支えなければ、今後のサービス改善の参考にさせていただきたく、解約の決め手となった理由を教えていただけませんか?」と、正直に尋ねてみてください。
そこに、どんな高価な分析 ツールも敵わない、あなたのビジネスを成長させるための「真実の声」が隠されています。データ分析とは、その声を体系的に、そして継続的に聴くための仕組みに他なりません。
もし、その声の聴き方が分からなかったり、社内を巻き込んで改善サイクルを回すことに難しさを感じていたりするなら、ぜひ一度私たちにご相談ください。あなたのビジネスに寄り添い、データという羅針盤を手に、成長への航海を共に歩むパートナーとなれることを願っています。